でもそれから軌道にのったんですよね。
やはり、成長期の波があたったという感じですか。

いや、もちろん高度成長期の流れに乗った
所はあったかもしれないけれども、それより
多くの人が文化的なもの、よりいいものに
飢えていたということの方が大きいんじゃないか。
まだ世の中の大人には目利きがいてね。
いいものはいいものとして買ってもらえたんだよ。


金属のいいものというのは

それはね、つくり手が何をつくるかという
意思をはっきり持っていて、それが相手にちゃんと
伝わるかどうかなんだよ。それがさ、今は
なんか表面の形ばっかり追っちゃって
本物がなくなっちゃっただろ。俺らの
子どものころに住んでいた家なんてやっぱり格好
よかったよ。なんか暗い感じなんだけど、
全体がすぱーんと締まっていてね。
日本家屋っていうのは本当はものすごい
シンプルなの。その素材感だけでみせるという
感じかな。そういった、本物の良さっていうのが
今の日本では通じにくくなってきてるよね。

でも、シンプルを突き詰めると鎚絵の装飾金物は
必要なくなるのでは。

だからさ、この鎚目の雰囲気にしてみても
これだけディテールがあっても華美じゃないだろ。
鉄という素材にしてみても、工場から渡された、
鉄板のままじゃあただの冷たい板なんだよ。
その素材の良さを引き出して、存在感を
与えてやるのが我々の仕事なんだよ。

食材と料理人のような関係ですね。

そうだね。それと、よく「シンプルなのがいい」
なんて言われることがあるけど、
何もしない、何もないがシンプルだと
取り間違えてる人が多いよね。
ただ白に塗っただけの壁だったりね。
そういう素材感のないものが広い面積を
くっちゃうと、空間が退屈になっちゃうんだよ。
蕎麦だってさ、蕎麦に打ってあるから
うまいんだよ。